出会い最前線
くだらない人生には楽しい出会いはありません。しかし出会いがあったからと言って素晴らしい人生とも言えません・・・。人には何故かどこかで意識を大きすぎるほど持っている人がいます、そんなひとを見ているととてもうらやましいのです。陰では何をしているのか解らないけど表ではいい人を装っている人間なんたたくさんいるに決まっています。しかしそこを信用するのかしないのかはその人次第。
中にはたくさんの人に出会ったことで色んな感情をひたむきにぶつけることができたり相手のきもちを軽々と受け止めたりできるひと、しかしだからと言ってその人が素晴らしいとも限らないのです。何を持って人に対して素晴らしさを実感するのかをかんがえるとこれはまた非常に難しい問題だと言えます。はじめて出会った人の何処を見てその人を信用しようと思いますか?出会って間もないのに恋愛感情を告白されてそれのどこを信用することができるのでしょうか?人には意何本かのものさしがあると言います。
出会いに迷いはいらない?!
裏切られたことを実感した事がある人なら解るでしょう。人は必ず人を裏切ります。しかし今回ばかりはそれがないと思ってしまうことで目先の知らない人をいとも簡単に信用しようとします。それで裏切られたら勝手に傷ついているんです。
そんなうまい具合に人が裏切らないわけがないのに簡単に人を信用するから痛い目に会あう・・・しかしこう言った人は何度となく裏切られようともイエスキリストのように簡単に許してしまいます。それもまたそのひとのいい所としてとらえられるのが腹立たしい部分です。人間は期待しない方が得だと言いますが、期待しないと言っているからこそ少しの期待が余計に自分の意識を高めてしまうんです。
恋愛に限られた感情
相手は私に好意があると言った。だからこの人は自分を裏切らない・・・そんなことでひとは簡単につながる事が出来てしまいます。合コンで知り合った男性に簡単に股を広げる女性が多いのは、自分に自信がある女性だということを知っていますか?
それともその女性はそういった事をわざと演技しているのでしょうか?そうすることで違う自分になっていると思っているのでしょうか?それとも演技をしている自分がいることでもう一つの自分をつくっているとでも?なんにせよ出会いを探している人がこれまでに散々求めてきた事が結局は自身のためである事、本来出会いを求めているのは知らない人とのかかわりが心地よいと錯覚しているのだということ、錯覚はすぐに恋愛感情を生むようになります。