心に秘めているもの
とある心理学者の先生が言っていました。人と人の出会いについて考えてみよう。人間だれもがみんな心に罪悪感を持っていて更にその罪悪感が自分自身を苦しめるきっかけにもなったりする・・・
私は恋愛をする資格がないなんて思っている人はまず人と接することを嫌うのです。接することが嫌いだから人との距離の取り方も、新しい出会いがあることへの喜びも解らないようになっているのです。私が大々的に尊敬している先生はこう言いました。心理学者なんてやっていても結局人の心を対象にしている以上、その人の全てを解るわけじゃない。
しかし知らない間に人を必要としていたり、本当は孤独でもいいなんて思っている若絵がないんだと・・・人間だれもが孤独だからこそだれかと出会い、相手を知り、自分を知ってもらおうとするのです。罪悪感は悪い事をしようとしているときや、また悪い音をしてしまった時に生まれるもので、生きていることそのもののに罪悪感を感じる必要は全くないけど、かなしい人はなひとは何故か生きていることそのものに罪悪感を感じるようになる。その多くは親の育て方で大きく変化するんです。
人との出会いで変わる心。
人が思い描くものはいつも矛盾していて、知っていてやってるんだという事がよくわかります。出会いを探している人はもしかしたら自分を認めてくれるなら異性だろうが同性だろうがどっちでもいいとおもっているかもしれません…恋愛感情が知らない間に芽生えていてもそれは気のせいだと心を閉ざしてしまい、せっかくやってきた出会いにも見向きもせずにただひたすら拒むのみ・・・
次第に一人ではダメなんだと気付いた時には時すでに遅く人はどんどん離れて言ってあの人に出会いを求めても無駄なんだと思われている、イメージがすでに刷り込まれているとすると・・・
その時にはだれもそばに来てくれないじょうたいを 自分で作ってしまっているということになります。それではどうも人生かなしすぎませんか?出会いをさがすことに憶病になっている人はたくさんいるとおもいますが、そこに憶病さをおいてこいとはいいません。持ち運んででもいいから、孤独でいることに諦めを持たないでほしいと思います。